アーティスト情報 |
P〜T |
【P】 |
・Pat Metheny 自己の研鑚を深めたパットは父の意見に従ってバークリー音楽院を断念、マイアミ大学に経済先行で入学、しかし、ここにはパットの運命を決めたジャコ・パストリアスがいた。ジャコをはじめ時代を動かす人材に早い時期に出会い、パットの才能は一気に開花した。ジャンルを超えた音楽性と若い時代に聴いた音楽を次第に自己のものとしながらパットはギターの可能性を極限まで広げ、ジャズの現代性を常に内包する音楽で聴く者に夢を与えた。 |
・Peggy Lee 名曲"ジョニー・ギター"の作曲者であり、ミルドレッド・ベイリー以来最高の白人ヴォーカリストと謳われたペギー・リーは、ベニー・グッドマン・バンドで人気を博したあとやがて独立。様々なプロジェクトにおけるペギーの「完ぺき主義」を考えると彼女が単なる一歌手ではなく、作詞作曲、プロデュースも含めた総合的な音楽芸術家であったことが解る。 |
・Pharoah Sanders 1940年10月13日米国アーカンソー州リトルロック生まれのテナー・サックス奏者。62年にニューヨークに進出、ドン・チェリーやサン・ラーなど前衛派と共演。初レコーディングは同時に初リーダー作だった(64年のESP盤『ファラオ・サンダース・クインテット』)。65年から67年にかけてはジョン・コルトレーン・グループのレギュラー・メンバー。 |
【Q】 |
・Quincy Jones 1デューク・エリントンやルイ・アームストロングが、黒人音楽への1930年代から1940年代における最大の影響力とすれば、クインシーは1970年代以降最も大きな影響を与えた音楽家だった。 |
【R】 |
・Ramsey Lewis 1935年5月27日米国イリノイ州シカゴ生まれ。ジャズ・ピアニスト。楽理やピアノをシカゴ音楽カレッジ、デポール大学で学んだ後、56年に自身のトリオを結成。 |
・Return To Forever 「リターン・トゥー・フォーエヴァー」(以下RTF)、日本語で言えば"永遠への回帰"と付けられたバンド名は、おそらく思いがけず全世界(といっても西側)でヒットしてしまったファースト・アルバムのおかげだろう。ジャケットを見てもチック・コリア名義のアルバム名が『リターン・トゥー・フォーエヴァー』であったのは明白だ。 |
【S】 |
・Sonny Rollins 1930年9月(諸説あり)米国ニューヨーク生まれ。最初アルト・サックスを始めるが16歳でテナーに転向。 |
・Sonny Stitt 1924年2月2日米国ボストン生まれ。82年7月22日他界。46年にディジー・ガレスピーのバンドに参加。当初はアルト・サックスを吹いていたが、そのプレイがチャーリー・パーカーにそっくりと評され、それを嫌って40年代には新境地を開いた。 |
・Sarah Vaughan 御三家の中でも抜きん出た抜群の声量と暖かい歌声、様々な分野の歌を全て自分のものにしてしまう懐の深さを持った不世出の歌手サラ・ヴォーンは、生涯前進をし続けたヴォーカリストだった。初期にレコーディングされた歌の中からポピュラリティのあるものが「マーキュリー」から、よりコンセプチュアルなものが「エマーシー」から発売された。 |
【T】 |
・ T-SQUARE 安藤まさひろ(g)、伊東たけし(as)らを中心にザ・スクェアとして78年『ラッキー・サマー・レディ』でデビュー。87年、TV番組テーマに使われた「トゥルース」が大ヒット。 |
・Thelonious Monk Thelonious Sphere Monkことセロニアス・モンクは、1917年10月10日に生まれ、ニューヨークに移住した後、このジャズのメッカで育ち、5歳にはピアノを始めていたという。 モンクにおける最大の素晴らしさは、演奏だけでなく、ライヴ映像が物語る、他の追随を許さない"カリスマ性"を持った姿、「ジャズのプリースト−高僧」と呼ばれる孤高の姿。 |
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